はい、どうも。
いつの間にか3カ月が経ちました。
当然ながらサボっていました。
気が付けばエアコンも要らなくなった、そんな時期。
8月の太陽は7月の遅れを取り戻そうとして、これでもかと言うぐらいに輝いていた。お盆休み前に茨木で仕事をしていた時が一番輝いており、水と塩飴を補給しながら「この暑さは死ぬ」上司とぼやいてたのを今でも印象深く覚えている。
そんな暑さも今はどこ吹く風。とても過ごしやすい気温でいてくれていることには感謝しているのだが、気温の変わり目の影響でか喘息の発作が始まった。
感謝……して……ます…………。
昨日、久しぶりに長い夢を見た。
内容は相変わらずわけのわからないもの。職場にいたと思ったらいつの間にか水没した倉庫にいて、泳いで浮上するととある女性と穴あきワードクイズをしていた。
曖昧な記憶を思い返すと、なぜ職場に?どうして水没した?とある女性は誰?などの疑問が多数出てきた。どれも明確な動機も答えもないけれど、その中で覚えていることが1つ。穴あきクイズの答えが『ノー(NO)』で、夢の中で女性に否定されたという悲しき事実を鮮明に覚えている。
神様ちょっと面を貸せ。
今回も不自然なシーンの切り替えに違和感を覚えることができなかった。
夢は現実では考えられない不可思議なことが自然に起こる。そんな体験をした夢を覚えて起きる度に、また夢に飲み込まれたんだなと思う。飲み込まれて不自然を自然と認知してしまったと、だから夢だと気が付かないんだと、そう思ってる。
いつの日かその夢の違和感を感じてそれが夢だと気づきたい。そうすることで夢を制覇したことになるから。それが死ぬまでの夢。
夢って色々な意味で紛らわしいよね。
先日のこと、10年前の自分(中学3年、15歳)から手紙が届いた。
元担任と10年前の自分からの時を越えたサプライズ。内容は大した内容ではなかったけど文字の汚さと、中学生特有の空っぽで抽象的な文が気になった。
10年前の自分に説教をするなら「バカ野郎。人生に何度もないことなんだからもっと字を綺麗に書け。未来の自分を楽しませるようなサプライズがあって、読み応えのある文を書け」と言いたい。
手紙の中でも夢の話が出てきた。当然ながらここでの夢は将来実現させたいと思っている事柄の夢。当時15歳の僕の夢は今では考えられないもので、俗に言う〇〇になりたいってやつだった。
当時その夢を叶えるためにそれなりに動いてみたけど色々と考えてやめた。やめたことに後悔はない、むしろ幼稚な頭でよく先のことを考えたと褒めてやりたい。
今では代わりに叶えたい別の夢がある。今はそれをただ頑張るだけ。10年前の自分曰く「諦めずに最後まで頑張れば報われるはずらしい」とのこと、そこは報われると言い切って欲しかった。
わら半紙に汚く書かれた150字もない文字列、そんな出来損ないともいえる物から少しだけ元気をもらえた。
10年後の35歳の自分、テメーはいったい何やってんだ?
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