ボクシダイ行進曲

ボクシダイ行進曲

赤裸々by。

おまけが本編

 

どうも。

皆様お待ちかね、今週の定期更新です。

「おい、日曜日に更新してないだろ。僕(私)はしっかりと確認してたんだぞ」と思われた方がいるかもしれませんが、しっかりと日曜日に更新しております。決して日付をいじくって日曜日に投稿したようにはしていません。決して。

今回はいつもの日曜定点雑記ではなく一人旅編でお送りします。

 

さて、以前からブログ内で言っていたように車泊一人旅に行ってきた。

フリーターから社会人へとなるこの束の間しかチャンスはない、そんな低い志が単騎で西へと行く原動力だった。道中の車内では観客がいない一人ライブを行ったり、「クククッ、私がフリーターならぬフリーザです」と声真似の練習をしていたりとそれなりに有意義な時間を過ごせたと思っている。寂しさなんて感じなかった。本当に。

今回の旅に行くにあたりニュージーランドに行くための資金である500円玉貯金を崩し旅の資金に充てた。思っていた以上に貯まっていたので崩すのがもったいないなと思った、ゆえに血の涙を流しながら銀行で両替を行った。また0から貯めなおしである。

今回の旅ではどんなことがあろうと絶対に行きたい場所が2か所あった。

鳥取鳥取砂丘と島根の出雲大社である。あーはいはいあそこね、と約9割の人が鳥取と島根の位置を認知していないと思うので地図(ピンク色の部分)を載せておく。

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1日目

妹が家で晩酌をしていたのを横目に出発。ちなみに妹は顔真っ赤でぷるぷるであった。

高速の深夜割を利用すべく真夜中の走行、深夜ともあり道はトラックが多くとても走りやすかった。しかし前日から続く豪雨が快適な走行を邪魔し、明け方に発生した霧が原因で死にかけた。

 

約8時間西へと走り、日の出前に鳥取砂丘に到着。広大な砂丘を前に「すげえ」と感想が漏れた。続く言葉は「寒い」の一言で、海沿いの雨上がりの明け方という冷え込む三大要素を満たした砂丘で朝日と挨拶を交わした。

人が少ない砂丘はまるで実在する砂漠を思わせるようだった。歩く度に足が沈み後ろを振り返ると長く尾を引いているかのように続いている足跡。砂漠を旅する商人は星空という地図を頼りに砂漠を渡り歩いたらしい。一面が砂でそれ以外に何かがあるわけでもない、しかし、砂を見てここまでロマンというのを感じられるのは純粋に凄いと思ってしまった。

ちなみ鳥取砂丘は砂漠ではない。

砂丘とは風によって運ばれた砂が累積してできた丘状の地形

砂漠とは雨量が極端に少なく岩石や砂礫からなる広大な荒地

つまりは砂丘地形を指すのに対し、砂漠は気候を含む土地を指すのである。はい、ここテストにでるよ。マークして覚えておくように。

実は日本にも砂漠はあり、東京の伊豆大島に存在する裏砂漠というらしい。

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砂丘しかない鳥取を後に、続いて目指すは島根の出雲大社

出雲大社といえば古事記で有名な場所、以上である。僕もそこまで詳しくない。

そこに訪れた理由は神話とか歴史が好きだからではなく、ただ昔からあって凄い場所という本当に心の底からいい加減な思いから訪れた。ある種罰当たりな考えを持っているなと自分でも自負している。

約3時間の移動は長時間運転+寝不足の自分には厳しく、道中にあった玉造温泉でのんびりしたいと何度も思ってしまった。

お参りを済ませ楽しみであった大しめ縄を見に行くと工事用のシートが被さっておりとても萎えた。あれだけを楽しみにしていたのに。しかも引いたおみくじの結果がとてつもなく微妙だったのでさらに萎えた。

大社から西に進むと稲佐の浜という海岸があり、そこにある弁天島(浜にあるのに島、昔は沖にあったらしくその名残?)という岩のようなものに歴史があるなと感じた。

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砂丘と大社の2か所を訪れた時点でこの旅の約9割は完遂している。しかし実際はここからがメインであり、蓋を開けてみると旅の行程の約8割を四国で過ごした。よくあるおまけが本篇というものである。

というわけで次の目的地である四国の愛媛へと向かった。どっかの旅行記事でたまたま見かけた灘駅という無人駅に訪れるためだ。その駅は海岸線にあり海と夕日が合わさりノスタルジックでフォトジェニックにはもってこいのロケーションなのである。

フリーザの声真似の完成度が6割になったあたりで到着した駅にはたくさんのカメラマンがおり、目を点にしながら「無人駅とはなんだろう」と思った。また空には分厚い雲が蓋をしており、その日駅に夕日という概念は存在していなかった。

ただ、曇天な駅から海を見て綺麗な夕日を見たいなと思ったあたり、ある種のノスタルジックが僕の中にあったことは間違いない。

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2日目

前日の曇天ゆえに朝から雨。松山城に攻め込む予定を急遽変更し、前倒しで香川に上陸。雨天でも関係ない戦、そう、うどん屋に攻め込むことにしたのだ。

この日はうどん屋と合戦を繰り広げ、親戚の家にお世話になった。

前日は車泊をしたためベッドで寝れる喜びはとてつもなく大きかったことは言うまでもない。

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3日目

本来ならこの日で香川を離れるつもりだったが、色々なことが重なりもう一日お世話になることに。

天気は前日と同様に雨でやれることがないと思った僕は雨でもあまり影響のない徳島の鳴門の渦潮を見に行くことにした。道中も雨が降ったり止んだりと忙しく、今回の旅は天候に救われないなと思った。

渦潮から帰る際に雲の切れ間から太陽が顔を覗かせていた。もしかしたと期待を込め、前日に親戚からおすすめされていた父母ヶ浜海岸(ちちぶがはま)へと行くことに。調べてみるとここは瀬戸内海の鏡、日本のウユニ塩湖と呼ばれている。

ここでもフォトジェニックを求め多くのカメラマンが。僕ももれなくその1人であり、泳ぐわけでもないのに皆波打ち際に集まっていた。とある海賊漫画風にいうなら「フォトジェニックが人々を海へ駆り立てた」である。

潮が引く干潮の際に逃げ遅れた海水が水たまりを作り、それが鏡となって赤く大きく輝く夕日やジャンプやわけのわからないポーズをとる人を映し返す。それが日本のウユニ塩湖と呼ばれる由縁であり、本当に本当に綺麗だった。日本夕陽百景に選ばれているのが理解できた。

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4日目

この日で旅も終わり。つまりは埼玉まで帰るのである。しかしまだ香川に在住。

最終日の天気は快晴、晴れるのが数日遅いと思ったのは気のせいではない。

ここまで来たらまだまだ香川をうどん以外で満喫してやろうと考えていた僕は、親戚におすすめされていた場所へ行くことにした。お世話になった親戚に深々と頭を下げ、車で山を上がること20分ほどで到着。その場所の名前はあえて出さないことにする、調べればすぐに出てくるため気になるなら自分で調べてくれ。本当に眺めが良かったので正直教えたくない、それゆえにあえて名前はださない。

空と海と見晴らしのいい景色は本当に綺麗で、しばらくの間、心を奪われた。

そのあと銭形砂絵というところで金運アップのご利益に触れ、締めのうどんを食べて香川を後にした。約800㎞の帰路はそれを消化するにはもってこいだった。

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この旅の目的がいつの間には変わっていた気がしなくもないがそれはそれだと思う。なんにしろ、心が囚われるような景色を見たことに変わりはない。

帰り道、不意に寂しいなと感じた。この気持ちは誰かと旅行をしていても感じた寂しさだと思う。1人ゆえの寂しさではなく、終わってしまうことの寂しさといったところ。

今になってようやくわかった気がする、あの感情が旅情だったんだなって。

 

総走行距離約2000㎞の一人旅、本当に本当にお疲れ様でした。

 

樋口了一/1/6の夢旅人2002