ボクシダイ行進曲

ボクシダイ行進曲

赤裸々by。

降りしきる中で

 
雨音が好きなもので。
 
そんなもんだから集中するときのBGMに雨音を聞いたりする。雨粒が他の音をシャットアウトするため集中できるのだ。それに少しだけ憂鬱な気分になれるため気分を落ち着かせることもできる。だから雨の日は嫌いじゃない。
 
本日は夜通し雨だった。そのためお客は少なく楽な8時間を過ごせた。
久しぶりに顔を見たイケメン兄さんに巻きたばこをもらい一服。自分は普段たばこを吸わない、吸っても1か月に1本ほど。そのためたばこにあまりなれていなく、たばこのうまさなんて微塵もわからない。
たばこをもらう際に「今回のはうまい!」と言われたがそのうまさを理解できなかった。確かに市販のたばこよりかはおいしい気がした。でもそれ以上のことを思うことはできなかった。ばれぬよう、いつも通りのふかし吸いをしながら「うまいっすね!」と太鼓を叩いた。
 
兄さんが帰った後雨を見に再び外へ。
雨粒が地面にぶつかりはじける音を聞きながらしばらく思考停止、何を考えていたかは覚えていない。徐々に帰ってきた思考を出迎えてみるとセンチメンタルな気分になった。一瞬、雨が降る中で立ち惚けるのもありだなと思った。
なぜセンチメンタルになったかはわからない、憂鬱が引き起こしたのかそれとも他か。たぶん両方だと思う、特に後者。
そんなセンチメンタルな中で、人と付き合う上で円滑な関係を作りたいのなら自分を押し殺すべきだなとふと思った。自分の意見や考えを捨て相手に同調するだけで円滑な関係が出来上がる、なんと簡単なことだろう。そしてそれを行う上で忘れてはいけないことが1点、それは我慢しなければならないということ。たとえ嫌なことがあっても関係を保つため我慢し押し殺さなければならない。それさえできれば表面上は円滑な関係が出来上がる。
 
これぞ処世術だと思ってる。同時にそんな関係は希薄で長続きしないとも思ってる。
何事も自分に合わなきゃ続かない。