ボクシダイ行進曲

ボクシダイ行進曲

赤裸々by。

大雪なき12月

大雪(たいせつ)とも読む。日本語はややこしい。

最近、目覚ましが役に立たない。
目を冷ますと、起きる予定だった時間から30分過ぎていたり1時間過ぎていたりが多々ある。僕を起こすはずの目覚ましを探してみると、無惨な姿となり床に転がっていたり、布団に埋まり目覚ましとして機能していなかったりしている。
全責任を目覚まし押し付けるつもりはないがここまで来ると酷い。こいつのせいで危ない単位がいくつかある。高性能目覚ましが欲しい今日この頃である。

気づけば12月の3分の1が過ぎようとしている。確定したクリボッチにさてどう対抗してやろうか、と頭を悩ます日々。でも今はそれを考えるのが辛い。
年が明けた1月には色々と予定がある。相撲の観戦にゼミの新歓、2月には合宿や京都旅行やスキーの予定がある。今から楽しみで眠れない。
いよいよ大学生活も半分になる、折り返し地点。もしかしたら棄権するかもしれないが、大学にいるうちに色々なものを見たい。時間を有効に使おう。

ふと授業中、窓から見える風景に見とれた。
高いビル郡と空と太陽。それらが大きすぎて人間ってちっちゃいんだなと思った。
そんな対照をしてしまったから少しだけ悲しくなった。そしてより小さくなってしまった。

夕方の後楽園、ホームの隙間から見えた夕焼けの空が眩しかった。同時に季節を感じた。
冬が訪れた。
するとよりいっそう寒さが極まった。吐く息が少し白く見えて水蒸気となり消えていく。
今年の冬はどんなことが起こるのだろうか。先見えぬ不安と期待、楽しんでやる。

帰りの東上線、音楽と携帯と時々本が電車のお供。
今日は少し顔を上げてみた。周りを見ると少し疲れた顔をした老若男女がたくさんいた、僕もそうだった。
寝てる人、音楽を聴く人、携帯を見てる人と様々。みんな何を考えているのだろう。

夜行バスとかから知らない街を眺めた時の『ここに何千の家庭があって、全員それぞれの人生があって、全員俺とは縁ないまま生きていくんだよなぁ。同じ日本に住んでるのに。』と妙に悲しいゾワゾワした感情湧いてくるのが旅行の一番の楽しみかもしれない。
On the Road - 夜行バスとかから知らない街を眺めた時の『ここに何千の家庭があって、全員それぞれの人生があって、全員俺と...

ふと、この前見つけた文を思い出した。
地球の中の日本に走ってるある路線の電車に偶然乗り合わせた関係、そう考えると哀愁が漂ってきた。
なんの因果があってここで出会ったのだろう。何度も考えたけど明確な答えが見つからない。ただ1つわかったことは、偶然。それだけだった。
9月の1人旅の時にこの言葉に出会っていたら、感じたものが違かったんじゃないかと思う。でも逆に考えると、この言葉に会わないことで出会えたものもあるということだ。
今日も色んなものを乗せてる東上線。頼むから事故らないでくれ、と念を送る。
耳元で垂れ流している音楽の歌詞を咀嚼しながら、上田との友達1年記念日に思慕の念を抱かなかった。

FUNKY MONKEY BABYS/悲しみなんて笑い飛ばせ