ボクシダイ行進曲

ボクシダイ行進曲

赤裸々by。

ゴールとは

 

寝れぬ、許せぬ、ブラック珈琲。

 

目標を達成するということはゴールなのかとふと考えた。

例えばサッカー選手になると目標を持った子がいたとして、その目標が叶った場合サッカー選手になるという目標は達成される。しかしそれはゴールかと言えば難しく、むしろスタートに立ったのだと言える。なぜなら彼のサッカー選手としての人生はサッカー選手になった時点で始まるのだから。サッカー選手になると一部分だけを見ればゴールだが、サッカー選手になった後のことを考えるとそれはゴールではなく通過点に過ぎない。そのような考え方をすると別の問題が発生する、それはゴールはどこにあるのか。

引き続きサッカー選手を例に考えゴールを探していく。その目標のゴールとは日本代表に選ばれることなのだろうか、世界的に有名なクラブと契約することなのだろうか、引退してどこかのチームの監督になることのなのだろうか、それとも自分のサッカー人生に満足して死ぬことなのだろうか。どこがゴールとなるのだろう。追求すればするほどに通過点が増えていく。ゴールとは果たしてあるのだろうか、そもそも必要なのだろうか。無理矢理にでも答えを考えてみることにする。

1つの答えとして死んだ時=ゴールというものがある。しかしこれはなんとも当たり前な回答だ。なぜなら死ねばどんなことでも終わりを迎える、つまりゴールにたどり着いてしまう。例えるなら時間切れでマラソンが終わるようなもの、完走できていない状態である。2つ目の答えとして自分が満足した時=ゴールというものがある。自分としてはこれが一番しっくりと来るが、心から満足する時は果たして訪れるのだろうか。思うに絶対、心のどこかでは納得できない部分が残ると思う。そうなるとゴールできていないじゃないか。リーマン予想並みに難しい。

僕が思うにゴールとは終わりがないものだと思う、目標が達成されると瞬く間に更新されていくものだと考える。〇〇が目標⇒達成⇒△△が目標⇒達成 の繰り返しが目標の姿なのだと考える。終わりがないゴールという論理エラーが起きてしまい申し訳ないがこれが僕の目標の見解だ。つまり目標を達成するということはゴールではなく通過点が増えるだけだと考える。

 

9月半ばまで僕が持っていた目標は昨日のとある結果とともに変わった。達成した目標に満足したり喜んだりすることは良いことだが、それをいつまでも引きずるのは良くない、むしろ最悪だ。頃合いを決めて次の目標に取り組まなくては飲み込まれるだろう。頑張れ自分、ようやくスタートラインに立てたのだから。

 

Twenty One Pilots/My Blood

 

P.S.

眠いにも関わらず寝れない中書きました。誤字脱字、意味がわからない文があるかと思いますが気にしないでください。